松山の秋祭り、なぜ『神輿音頭』が爆音で流れているのか

松山の秋には、季節を知らせる音がある。

虫の声でもない。
金木犀でもない。

神輿音頭である。

秋祭りが近づくと、町のあちこちから聞こえてくる、あの曲。

子どもの頃から当たり前のように聞いてきたけれど、よく考えると私はこの曲のことを何も知らない。

誰が歌ってるんだろう?

そもそも、なんで松山の祭りでこの曲が流れてるんだろう?

気になったので調べてみた。

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松山の秋祭りといえば「神輿音頭」

松山の秋祭りは、毎年10月5日から7日にかけて市内各地で行われる。

「もてこい、もてこい」の掛け声や、神輿同士を激しくぶつける「鉢合わせ」などで知られる、松山の秋の一大イベントだ。

そして、この時期になると聞こえてくるのが「神輿音頭」。

これは筆者の周囲だけの話ではないらしい。

2013年の松山市年賀交歓会で、当時の松山市長も「松山の秋祭りの早朝に大きな音でよくかかる歌」として、神輿音頭について話している。

市長も「大きな音でよくかかる」と認識していた。

やっぱり気のせいではない。

歌っているのは三橋美智也

まず、この曲を歌っている人から調べてみた。

三橋美智也。

……誰?

調べてみると、昭和を代表する歌手で、民謡や歌謡曲で数多くのヒット曲を残した人物だった。

松山では毎年のように耳にしていた神輿音頭。

でも、その歌手の名前まで意識したことは一度もなかった。

毎年聞いている。

でも、誰が歌っているかは知らない。

なかなか不思議な定着の仕方である。

そもそも松山のために作られた曲なの?

ここで、もう一つ疑問が出てくる。

これだけ松山の祭りと結びついているなら、

「神輿音頭」って松山のために作られた曲なのでは?

と思ってしまう。

ところが、調べても「松山の秋祭りのために制作された曲」という資料は確認できなかった。

それどころか、愛媛県立図書館のレファレンス記録を見ると、かなり興味深い。

2010年、まさにこんな質問が寄せられている。

松山市の秋祭りでかかっている「神輿音頭」は、いつから祭りの曲として使われているのか。

……同じことが気になった人がいた。

愛媛県立図書館も調べていた

愛媛県立図書館は、この質問について『松山市史』『松山市誌』、道後温泉の観光資料、JASRACの作品データベースなどを調査している。

その結果、

歌手は三橋美智也。

作詞は矢野亮。

作曲は中野忠晴。

ここまでは分かった。

古い『松山市誌』などにも神輿音頭についての記述があり、少なくとも昔から松山の祭り文化と結びついていたことも確認できる。

では、

いつから松山の秋祭りで使われるようになったのか?

その回答は――

不明。

レファレンス協同データベースでも、この質問は「未解決」となっている。

国会図書館のデータベースまで行っても分からない

これはちょっと面白い。

最初は、

「検索したらすぐ分かるだろう」

くらいに思っていた。

ところが調べていくと、最終的にたどり着いたのが国立国会図書館のレファレンス協同データベース。

そこには愛媛県立図書館が過去に行った、ほぼ同じ疑問についての調査記録が残っていた。

そして、その結論が、

いつから使われているのか分からない。

なのである。

松山では毎年のように流れている。

あまりにも普通に流れている。

なのに、

「なぜ松山でこれほど定着したのか」

という一番知りたいところが、よく分からない。

なんだか急に「神輿音頭」が謎めいた存在に見えてきた。

松山の秋祭りに「神輿音頭」がないと、たぶん物足りない

考えてみれば不思議だ。

誰が最初に流したのか。

なぜこの曲だったのか。

どうやって松山市内に広まったのか。

そして、なぜ今も流れ続けているのか。

はっきりした経緯は、今回調べた範囲では分からなかった。

それでも10月になると、どこかから聞こえてくる。

神輿。

「ワッショイ」の掛け声。

そして、

神輿音頭。

理由は分からなくても、長い時間をかけて、それ自体が松山の秋の風景になってしまったのかもしれない。

今年の秋祭り。

どこかから神輿音頭が聞こえてきたら、少しだけ耳を傾けてみてほしい。

そして、もし、

「なぜ松山でこの曲なのか」

をご存じの方がいたら、ぜひ教えてほしい。

愛媛県立図書館でも分からなかった謎である。

たぶん、答えを知っているのは――

昔から祭りに参加してきた、松山の誰かなのかもしれない。

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