「別に、怖いってほどじゃないんですけど」
情報をくれた人は、最初にそう言った。
松山市内の、とある古い住宅街。
細い道の途中に、小さな月極駐車場がある。
その入口に立っている金属製の看板の裏に、広告マグネットが1枚だけ貼られているという。
水道修理や鍵交換の業者がポストに入れていく、冷蔵庫に貼るタイプのものだ。
それ自体は珍しくない。
気になったのは、その次の言葉だった。
「ずっと同じじゃないんです。たまに変わるんですよ」
毎朝そこを通るから、気づいた
情報提供者は、その近くに住んでいる。
通勤のため、ほぼ毎朝その道を通るらしい。
問題の月極駐車場も、特別意識して見ていたわけではなかった。
ただ、ある日ふと、看板の裏側に青いマグネットが貼られていることに気づいた。
水道修理の広告だった。
数日後。
同じ場所を見ると、今度は黄色いマグネットになっていた。
鍵交換。
さらにしばらくすると、害虫駆除。
次は不用品回収。
「最初は、誰かが適当に貼ってるんだと思ってました」
それでも、毎日近くを通っていると、少しずつ違和感が出てきたという。
まず、貼られる場所がほぼ同じだった。
看板の裏。
右下あたり。
古いものの上に新しいものを重ねているわけではない。
必ず前の1枚がなくなり、別の1枚に替わっている。
そして、情報提供者にはもう一つ気になることがあった。
「色も、なんとなく順番がある気がするんですよ」
青。
黄色。
白。
赤。
また青。
もちろん、きちんと記録していたわけではない。
毎回そうなるとも限らない。
ただ、長く見ていると、
完全に無作為で入れ替わっているようには見えない。
そう感じるようになったという。
実際に行ってみた

教えてもらった場所へ向かった。
大通りから一本入った住宅街だった。
道幅は狭い。
古い平屋、小さなアパート、ブロック塀。
ところどころに月極駐車場が挟まっている。
目的の駐車場も小さかった。
数台分の区画があり、入口に金属製の看板が立っている。
表には駐車場名と管理会社の連絡先。
少し錆びている。
特に変わったところはない。
横から裏側へ回る。
確かに、1枚あった。
その日は、水道修理のマグネットだった。
青と白。
蛇口のイラスト。
「水漏れ・つまり」
「24時間受付」
よく見るタイプのものだ。
表面だけ見れば、何もおかしくない。
ただ、道路からは見えない。
駐車場の利用者からも、まず目に入らない。
広告として貼るなら、かなり不思議な場所だった。
写真を撮った。
その日は、それだけで帰った。

8日後
少し間を空けて、もう一度行った。
看板そのものは変わっていない。
裏を見る。
黄色になっていた。
今度は鍵交換。
会社名も違う。
電話番号も違う。
水道修理のマグネットはなくなっていた。
貼られている位置は、前回とほぼ同じだった。
情報提供者の話どおりだった。
偶然と言えば、それまでだ。
水道修理の広告を誰かが剥がし、別の人が鍵屋の広告を貼った。
そういうこともあるかもしれない。
ただ、
わざわざ同じ場所へ貼り直す人が、何人もいるのだろうか。
少し気になった。
「雨の次の日に変わることが多い気がする」
後日、もう一度情報提供者に話を聞いた。
そこで、初めてこんなことを言われた。
「これ、気のせいかもしれないですけど」
前置きしたうえで続ける。
「雨が降った次の日に変わってることが多い気がするんですよ」
毎回ではない。
雨が降ったから必ず交換されるわけでもない。
ただ、何度かそういうことがあったという。
もう一つ。
「黄色の次、赤っぽいのになること多い気がします」
これも記録はない。
長くそこを通っている人の感覚だ。
普通なら、聞き流してしまう話かもしれない。
ただ、一度実際にマグネットが交換されるところを確認してしまうと、妙に気になってくる。
誰かが定期的にここへ来ている。
少なくとも、それだけは事実らしい。
一度だけ、剥がしてみた
数回目の確認だった。
その日は害虫駆除のマグネットが貼られていた。
白地に赤い文字。
ハチ。
ネズミ。
ゴキブリ。
料金の目安。
どれも普通だ。
少し迷ったが、裏側を確認してみることにした。
端をつまんで剥がす。
黒い磁石面。
中央付近に、小さな書き込みがあった。
23
18:20
C
それだけだった。
何を意味するのかは分からない。
「23」が日付なのか。
番号なのか。
「18:20」が時刻なのか。
たまたまそう見える数字なのか。
Cも同じだ。
業者側の管理番号かもしれない。
以前の持ち主が書いたメモかもしれない。
意味のあるものだと考える理由はない。
写真を撮り、元の位置に戻した。
ただ、少しだけ位置をずらした。
深い意味はなかった。
元どおりに貼ったつもりだったが、前より2〜3センチほど左に寄っていた。

次に行ったとき
数日後。
マグネットは別のものに替わっていた。
不用品回収。
白と緑の広告。
そして、貼られていた場所は、
最初に見た位置へ戻っていた。
看板裏の右下。
ほぼ同じ高さ。
前回、少し左へずらした位置ではなかった。
もちろん、新しく貼った人がたまたまそこを選んだだけかもしれない。
それ以上は何も分からない。
誰のための広告なのか
ここまで確認しても、分かったことは少ない。
誰かが貼っている。
誰かが剥がしている。
しばらくすると、別の広告に替わる。
場所はほぼ同じ。
情報提供者によれば、色や交換時期にも何か傾向があるように見える。
そして一枚だけ、裏面に短い数字と文字があった。
それだけだ。
ただ、広告として考えると、やはり妙な点が残る。
誰からも見えない場所に、なぜ広告を貼るのか。
それも、わざわざ古いものを剥がして、新しいものへ替えながら。
今も続いている
情報提供者によると、マグネットは今も時々変わっているという。
毎週ではない。
数週間そのままのこともある。
変わる日は分からない。
交換している人を見たこともないらしい。
「だから、別に怖いわけじゃないんですよ」
話の最後に、もう一度そう言った。
「でも、毎日見てると、なんか変なんです」
その感覚は、少し分かる気がした。
それ以来、月極駐車場の看板を見ると、つい裏側まで気になる。
街には、普段わざわざ見ない場所がたくさんある。
看板の裏。
設備ボックスの側面。
自販機の陰。
古い鉄扉。
そこに何か貼られていても、普通は気に留めない。
広告なら、なおさらだ。
けれど。
もしそれが、見てもらうための広告ではなかったとしたら。
では、誰のために貼られているのだろう。



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