愛媛県内の山間部に、「忍者の郷」と呼ばれる場所があるらしい。
伊賀でもなければ、甲賀でもない。
愛媛である。
もちろん、観光施設ではない。忍者の衣装を借りたり、手裏剣を投げたりできる場所でもない。
昔、忍者が暮らしていたと伝わる小さな集落があり、その子孫が今もひっそり暮らしている——。
そんな、かなり曖昧な話だった。
忍者の郷は、地図に載っていない
聞いた話を整理してみると、分かったことは驚くほど少なかった。
- 愛媛県内の山間部にある
- 小さな集落である
- 昔、忍者が暮らしていたといわれる
- 現在も何軒かの家が残っている
以上である。
肝心の地名がない。
この時点で、探しに行くには情報が足りなさすぎる。
しかし、忍者の郷がGoogleマップに「忍者の郷」と登録されているとも思えない。
簡単に検索して見つかるのであれば、それはもう忍べていない。
それらしい山へ行ってみた
わずかな情報を頼りに、愛媛県内の山間部へ向かった。
詳しい場所については伏せておく。
秘密の集落を守るためではない。こちらも本当の場所を知らないからである。
市街地を離れ、山の方へ進んでいく。
家は次第に少なくなり、道も細くなっていく。古い石垣、深い杉林、使われているのか分からない小屋。
雰囲気だけなら、かなりそれらしい。
この先に、外の世界と距離を置いて暮らす一族がいてもおかしくない。
そう思わせる風景ではあった。
ただし、当然ながら忍者は現れない。
黒装束の人影も、手裏剣の刺さった木もない。
「ここから先、忍者の郷」と書かれた親切な看板もなかった。
見つかったのは、畑と民家と軽トラック。そして、ときどきこちらを警戒する猫だけだった。

集落らしき場所はあった
さらに進むと、山の斜面に数軒の家が集まる場所があった。
古い家と新しい家が混ざり、その間を細い道が通っている。
噂にあった「小さな集落」といえば、確かに小さな集落である。
しかし、それ以上のことは分からない。
普通に人が暮らしている場所へ入り込み、「こちらは忍者の末裔ですか」と尋ねるわけにもいかない。
仮に本当に忍者の子孫だったとしても、正直に教えてくれるとは思えない。
結局、集落の外から少し眺めただけで引き返した。
忍者の郷らしい証拠は、何ひとつ見つからなかった。
そもそも、愛媛に忍者はいたのか
ここで話は終わるはずだった。
愛媛に忍者の郷があるという、出どころの分からない噂。
それらしい山へ行ってみたが、何も見つからなかった。
よくある話である。
ところが、帰ってから念のため「愛媛と忍者」について調べてみると、少し気になる記録が出てきた。
三重大学の国際忍者研究センターが公開している「伊予忍術噺」という文章に、愛媛に関係する忍者史料が紹介されている。
その一つが、『四国七城見聞録』である。
寛永4年(1627年)、幕府の隠密が四国各地へ入り、大洲、松山、今治、宇和島などの城の見取り図を作成。さらに、各藩の内情を詳しく調べて報告したものだという。
つまり、江戸時代の愛媛には本当に隠密が入り込んでいた。
何を調べ、どこに滞在し、どのように城の情報を集めたのか。
詳しい行動は分からないが、少なくとも愛媛の城下を歩き回った「忍び」がいた可能性は高い。

南予には「虫を使う忍びの術」も残っていた
さらに、宇和島の武将・土居清良の生涯を記した軍記『清良記』には、虫を使った忍びの術が登場するという。
虫を使う忍術。
いかにも怪しげな響きである。
残念ながら、虫を巨大化させたり、自在に操ったりする術ではないらしい。
そもそも歴史上の忍者は、煙とともに消えたり、水の上を走ったりする存在ではない。
情報を集める、敵の様子を探る、夜間に侵入する、噂を流す。
現在の言葉でいえば、諜報員や工作員に近い役割だったとされる。
だとすれば、愛媛に忍者がいたとしても、派手な道具や建物が残っていないのは不思議ではない。
彼らの仕事は、見つからないことだった。
忍者の郷は見つからなかった
結局、今回探した場所が「忍者の郷」だったのかは分からない。
忍者に関係する石碑も、古文書も、伝承を記した看板も見つけられなかった。
そもそも噂そのものが、誰かの勘違いだった可能性もある。
山あいに残る古い集落を見た誰かが、
「あそこ、昔は忍者が住んでいたらしいよ」
と話を付け加えたのかもしれない。
ただ、完全な作り話として片付けるには、少しだけ引っかかる。
愛媛を調べた幕府の隠密は、本当に記録に残っている。
南予の軍記には、忍びの術まで登場する。
愛媛と忍者は、決して無関係ではなかった。
何もなかったのか。
それとも、こちらが見つけられなかっただけなのか。
少なくとも一つだけ確かなことがある。
誰でも簡単にたどり着ける「忍者の郷」というのも、それはそれで少しおかしい。
参考にした情報
※この記事は、愛媛にまつわる曖昧な噂をもとに、一部を再構成して執筆しています。「忍者の郷」とされる特定の集落や、現在そこに忍者の子孫が暮らしている事実を確認したものではありません。



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