「うさぎ焼き」という食べ物をご存じだろうか。
たい焼きのうさぎ版?
うさぎの形をしたお菓子?
それとも――。
名前だけ聞くと、ちょっと物騒なものまで想像してしまう。
もちろん、うさぎを焼いた料理ではない。
かつて松山市古川に、「うさぎ焼き」という名前の食べ物を売る小さなお店があった。
今ではもう店はなくなっている。
では「うさぎ焼き」とは、一体何だったのだろう。
調べてみた。
松山市古川にあった「うさぎ焼き」
お店があったのは松山市古川。
店名も、そのまま**「うさぎ焼き」**。
大きな店舗ではなく、自宅前のスペースを使った小さなお店だったという。2013年に訪れた人の記録にも、その様子が残されている。
そして、当編集部のトビウオ師匠も2014年に実際に食べたことがあるという
当時の写真がこちら。
【2014年当時の店舗写真】

当時の価格は、うさぎ焼きが150円。
カレー味やチーズ入りといったバリエーションもあった。
今見ると、ずいぶん安い。
では肝心の「うさぎ焼き」。
どんな食べ物なのか。
たい焼きでも、大判焼きでもない
こちらが、実際のうさぎ焼き。
【うさぎ焼きの実物写真】

見た目は丸く、ハンバーガーのようにも見える。
でも、パンではない。
大判焼きの鉄板を使って生地を焼き、その中に卵と焼きそばを挟む。

さらに特製のマヨソースや刻んだタコも入っていたという。
生地も単純な小麦粉ではなく、豚骨、玉ねぎ、昆布、鰹、ニンジンなどから取ったスープを使っていたそうだ。
つまり――。
たこ焼きとお好み焼きと焼きそばとハンバーガーを、いい感じにまとめたような食べ物。
説明すればするほど、何なのか分からなくなってくる。
でも、これは絶対うまいやつである。
学校帰りの150円
この店について調べていると、料理そのものとは別に印象に残る話が出てきた。
当時の店主は、うさぎ焼きを一つずつ手作業で焼いていた。
卵も一個ずつ焼く。
焼きそばを載せる。
最後にもう一枚の生地を重ねる。
かなり手間がかかる。
それでも価格は150円。
2013年の記事では、値段が安すぎるのではないかと尋ねられた店主が、子どもたちのために値上げはできないという趣旨の話をしている。
実際、その取材中にも学校帰りの子どもたちが通り、店主と声を掛け合っていたという。
どうやら「うさぎ焼き」は、単なる珍しい食べ物ではなく、
この辺りの子どもたちのおやつでもあったようだ。
ところで、なんで「うさぎ」?
ここで気になる。
焼きそば。
卵。
タコ。
お好み焼きのような生地。
ここまでの説明に、
うさぎ要素が一切ない。
では、なぜ「うさぎ焼き」なのか。
ここから少し調べてみることにした。
すると、2013年に店主本人から話を聞いた記録に、答えが残されていた。
「うさぎ焼き」という名前を付けたのは、卯年生まれの同級生だったという。
なるほど。
……。
いや、待ってほしい。
その記録には、名前の由来以上に気になることが書かれていた。
「沖縄でも同じうさぎ焼きをしている友人」
松山の店主は、この料理を自分で考案したわけではなかった。
2013年の記事には、
沖縄で同じ「うさぎ焼き」をしている友人からレシピを教えてもらった
という店主の話が残されている。
沖縄?
松山の古川にあった小さなお店を調べていたはずなのに、
突然、話が沖縄まで飛んだ。
気になるので、今度は沖縄の「うさぎ焼き」を調べてみる。
すると――。
本当にあった。
沖縄の「パーラーうさぎ」
沖縄には「パーラーうさぎ」という店があり、そこで**「うさぎ焼き」**が販売されている。
しかも料理を見ると、
丸い生地。
焼きそば。
卵。
大判焼きのような鉄板。
松山で売られていたものと非常によく似ている。
さらに過去の記録を辿ると、沖縄のうさぎ焼きは2000年代から存在していたことが分かった。
つまり、松山の店主が話していた、
「沖縄で同じうさぎ焼きをしている友人」
という話とも時系列が合う。
そして、もう一つ面白いことが分かった。
沖縄の店主も、愛媛出身だった
沖縄の「パーラーうさぎ」を始めた人物について調べてみると、
愛媛県出身。
……なるほど。
ここまで来ると、だいぶ話が見えてきた。
愛媛出身の人物が沖縄で「うさぎ焼き」を始める。
そのレシピが、友人を通じて松山へ伝わる。
そして松山市古川で「うさぎ焼き」が販売される。
つまり、松山のうさぎ焼きは、
沖縄から伝わってきた食べ物だった。
ただし、その沖縄のうさぎ焼きを作った人物は、
愛媛出身だった。
愛媛から沖縄へ渡った人が作った食べ物が、
友人を通じて、愛媛へ戻ってきた。
なんとも不思議な経歴である。
松山の店はなくなった。でも――
現在、松山市古川にあった「うさぎ焼き」は営業していない。
学校帰りに150円を握って買いに来た子どもたち。
一つずつ卵を焼いていた店主。
そして、ちょっと変わった名前の「うさぎ焼き」。
松山からは、その光景も食べ物も姿を消してしまった。
しかし、
うさぎ焼きそのものが消滅したわけではない。
ルーツを辿って行き着いた沖縄では、今も「うさぎ焼き」が受け継がれている。
最初は、
「昔、松山に変な名前の食べ物があったらしい」
くらいの話だった。
ところが調べてみると、
松山から沖縄へ。
そして沖縄から、もう一度松山へ。
海を渡った不思議な食べ物の話になった。
「うさぎ焼き」を覚えていますか?
松山のうさぎ焼きについては、まだ分からないこともある。
いつまで営業していたのか。
どれくらいの期間、地域の子どもたちに親しまれていたのか。
そして、あの店で食べた人たちは、今もうさぎ焼きを覚えているのか。
もし古川の「うさぎ焼き」を食べたことがある方がいたら、
ぜひ当時の思い出を教えてほしい。
松山からは消えてしまった、小さなローカルフード。
でも調べてみると、
その続きは、今も沖縄にあった。
参考
・「うさぎ焼き」愛媛が大好きフードアナリスト☆FAアッコ(2013年)
・パーラーうさぎに関する沖縄の過去記事
・愛媛グルメナビゲーター「うさぎ焼き」(2014年)


この話を知っていますか?